名古屋地方裁判所 昭和43年(ワ)3165号 判決 1970年8月31日
原告
岡田省吾
被告
安藤亮一
ほか一名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者の申立
原告は、「被告らは各自原告に対し金二七二万〇四三七円を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決及び仮執行の宣言。
被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。
第二、当事者双方の主張
(原告の主張)
一、訴外亡岡田正信(以下、被害者という)は、次の交通事故により死亡した。
(一) 日時 昭和四三年七月一二日午前六時五〇分頃
(二) 場所 名古屋市昭和区阿由知通四丁目二番地先路上
(三) 加害車 被告安藤の運転する乗用自動車(トヨペット名古屋5る三三〇号)
(四) 態様 被害者が前記路上を南から北に横断歩行中、加害車がはね飛ばす。
(五) 死亡 同月一四日午前四時、頭蓋底骨折、左側頭部挫創、右大腿骨顆部骨折、右膝挫傷等により死亡
二、被告安藤は加害車を所有し、これを自己のために運行の用に供する者であるから自賠法三条の責任がある。
被告安藤は被告会社に雇われ運送業務に従事する運転手であり、本件事故は、被告安藤が被告会社に出勤の途次前方不注視の過失により発生させたものであるから被告会社の業務に関連して惹起したものというべく、被告会社は民法七一五条の責任がある。
三、本件事故により原告の蒙つた損害は、次のとおりである。
(一) 被害者の損害
(1) 逸失利益
被害者は、生前、訴外森林ゴルフ協会に勤務し、当時一カ月平均八万七七〇〇円の収入を得ていたところ、同人の生活費は一カ月金三万〇七〇〇円であつたからこれを控除すると、一カ月純収益は金五万七〇〇〇円となる。しかるところ、右協会において、職員は満六〇才を迎えた年の四月三〇日限り退職する規定であつたので、明治四一年一月三一日生れであつた被害者は昭和四四年四月退職する予定であつた。したがつて、被害者は本件事故がなければ、なお、九カ月間右協会に勤務してこの間の給与五一万三〇〇〇円の収益を挙げ得たものというべきである。
次に、被害者は、当時、年金三六万〇八四四円を受給していたところ、同人は当時六〇才であつたから、なお、一五―一九年間(昭和四〇年度簡易生命表記載の平均余命)右の割合による年金の支給を受け得たものというべきであるから、これをホフマン式計算法によりその現在価額を求めると金三九六万二〇六九円となる。
したがつて、逸失利益の合計額は金四四七万五〇六九円となる。
(2) 被害者の慰藉料 金五〇円
しかるところ、原告は被害者の養子として、右損害賠償請求権四九七万五〇六九円を相続により承継取得した。
(二) 原告固有の損害
(1) 葬儀費 金二四万五三六八円
(2) 慰藉料 金五〇万円
以上の如く原告の損害は合計金五七二万〇四三七円となるが、自賠責から金三〇〇万円の支払を受けたので残額は金二七二万〇四三七円となる。
四、よつて、原告は被告ら各自に対し金二七二万〇四三七円の支払を求めるため本訴に及ぶ。
(被告安藤の主張)
一、原告主張一は認める。同二は加害者が被告安藤の所有であることは認めるが、その余は否認する。同三は原告が被害者の養子であること、自賠責三〇〇万円を受領したことは認めるが、その余は争う。
二、本件事故は、被害者の重過失に基いて発生したものである。
本件事故現場は御器所通りと、阿由知通りの交差する交差点である。被告安藤は御器所通りを東から西に向つて進行して本件交差点にさしかかつた際、進行方向の信号が青であつたのでそのまま交差点を直進横断して、同被告の前には市バスが先行し本件交差点を右折しつつあつた。同被告が交差点を横断し西側横断歩道から一五米の地位にさしかかつた時、被害者は左斜前方の路上の市バス停留所附近に佇立していたが、右折しつつある市バスを見て路上を小走りに東に向つた。(交差点西側横断歩道の西約一五米)。同被告は、被害者のこの行動に危険を感じブレーキを踏み徐行しながら進行したところ、被害者は何を考えたのか右地点まで来て立ちどまつたので、同被告はそのまま通過すべく加速して進行しようとした途端、被害者は、いきなり路上の右地点から車道上に飛び出したため、これを避けることができず本件事故となつた。
以上からすると、被害者には、(1)対面信号が赤であつたにも拘らず、強いて東西道路を横断しようとしたこと、(3)約一五米東方に横断歩道があつたにも拘らずこれを通行せず車道上を横断しようとしたこと、(3)しかも、車両の通行には全く注意を払わず、いきなり車道上に飛び出した点で重過失が存するに対し、同被告の過失は、殆んど無に等しいのである。したがつて、原告の損害には大幅な過失相殺が加えられることとなり、かくして減額された損害は、原告の受領した自賠責保険三〇〇万円を超えることはないから、原告の請求は失当である。
(被告会社の主張)
一、原告主張事実中、被害者が原告主張の日時場所において本件交通事故に遭遇して死亡したこと、被告安藤が被告会社に雇われ運送業務に従事する運転手であつて、本件事故は被告安藤が被告会社に出勤の途上生じたこと、原告は被害者の養子であることは認めるが、被告会社の使用者責任は否認し、その余は争う。
二、被告会社には責任はない。
本件事故は、原告が自認するように、被告安藤がその所有するトヨペットクラウン普通乗用車を運転して被告会社に通勤する途中において発生したものである。そして、従業員の通勤途中の行為が使用者の業務上の行為に当らないことは当然であるから、被告会社が使用者責任を負うべきいわれはない。
なお、付言すれば、被告会社は本社においてタンクローリー、普通トラック三六台、清水市の営業所にタンクローリー、普通トラック二八台を各所有して石油製品の輸送業を営むものであり、別に業務連絡用として乗用車五台を所有している。被告会社には、被告安藤のように自己の所有自動車を運転して通勤しているものがほかにもあるが、被告会社の経営する事業が右のとおりであるため、従業員の所有する普通乗用車はこれを被告会社の業務に使用する途がなく、実際にも、被告会社は、これまで従業員の所有自動車を業務上使用したことはなく、却つて、各従業員に対してこれを厳禁し、かつ、この禁止は完全に守られている。したがつて、被告安藤の所有する加害車についても、被告会社が業務上これを使用したことは一度もなく、このことは、次の事実によつても、十分首肯され得るのである。
(一) 被告会社が、従来、被告安藤に対しガソリン代を支給したり、加害車の修理代その他の維持費を負担したことがないこと。
(二) 被告会社が被告安藤に対して金員を貸付け、その他、加害車購入のための便宜を与えた事実のないこと。
(三) 被告会社が被告安藤のために駐車場を貸与しその他加害車の駐車についての便宜を供した事実のないこと。なお、被告安藤はタンクローリーの運転手であり、被告会社においては専らタンクローリーのみを運転していた。
第三、証拠〔略〕
理由
第一、本件事故の発生
一、原告主張一事実は被告安藤の認めるところであり、原告主張の日時場所において本件事故が発生し被害者が死亡するに至つたことは被告会社の認めるところである。
二、〔証拠略〕を総合して認定した本件事故の態様及び当事者双方の過失は、次のとおりである。
(一) 本件事故現場は、名古屋市昭和区阿由知通四丁目二番地先を南北に通ずる道路と、東西に通ずる道路との信号機の設置された交差点西側路上である。右東西道路は歩車道の区別を有する舗装平坦な見とおしのいい交通ひんぱんな道路であつて、車道幅員は約一五・四米で、中央に約一米の中央分離帯が存し、また交差点西側には四米の横断歩道が設置されている。
(二) 被告安藤は前記日時加害車を運転して時速約四〇粁で東西道路を西進して右交差点にさしかかり青信号に従い、先頭を切つて交差点を通過して、右西側横断歩道附近に進行した際、左斜前方約一六・六米の東西道路上(南側歩道より三・一米車道に入つた地点)(中央分離帯内側から約四・六米南側)に、南から北へ横断歩行中同所に立ち止まつて北側対向車線の西進車両に注意している被害者を発見した。このような場合、自動車運転者としては、直ちに徐行してその動静を注視し以つて、仮令、横断者が加害車の進行接近に気付かず不用意に横断を開始し、ために加害車の進路上に飛び出すような結果を招来した場合であつても、機宜に適した処置を取り横断者との接触衝突事故を未然に回避すべき注意義務あるものと解する。しかるに、同被告はこれを怠り、速度を一時約二〇粁に減速したのみで、被害者の挙動に対する注視をおろそかにし、約六・六米進行した時点で、まん然、再び時速を約三〇粁に加速して西進した過失により、前記地点から北に向つて横断中の被害者を、左斜前方約七・四米に接近して気付き、急停車の措置を講じたが及ばず、加害車左前部を被害車に衝突転倒させたものである。
(三) しかし、被害者の過失も、決して軽いとはいい難い。すなわち、被害者は、右交差点西側の横断歩道によらないでその僅か一〇余米の地点において、しかも、前認定の如き道路幅員、道路条件を顧慮することなく、かつまた、加害車の接近に対する注意警戒をないがしろにして横断を開始したため、加害車に衝突するに至つたことは明白である。
以上の次第で、本件事故は被告安藤と被害者の双方の過失に基いて発生したとなすべきであるが、両者の過失割合は、おおよそ同被告の過失を四とするに対し、被害者のそれを六とするのが相当である(この点、倉田「自動車事故における過失割合の認定基準」参照)
第二、被告らの責任
一、加害車が被告安藤の所有であることは同被告の認めるところであるから、他に特段の事由なき限り、同被告は自賠法三条の責任を免れることはできない。
二、原告は被告会社も、民法七一五条の責任がある旨主張する。被告安藤が、当時、被告会社に雇われ運送業務に従事する運転手であつたこと、及び本件事故は被告安藤において被告会社に出勤の途次惹起したものであることは当事者間に争がない。しかし、一般に、被用者が自己所有車を通勤のため使用した際の事故については、使用者は、使用者が、右加害車を当時使用者の業務執行に利用し、或は、被用者の運行行為が客観的外形的にみて使用者の業務執行と解し得るような特別事情が存しない限り、民法七一五条(或は自賠法三条)の責任を負わないものと解するのが相当である。しかるところ、本件において、〔証拠略〕を以てしても右の如き事情の存在を認めるに足らず、むしろ、〔証拠略〕によれば、右特別事情は存しないことが認められる。したがつて、原告の被告会社に対する請求はその余の点を判断するまでもなく失当である。
第三、損害
一、逸失利益
〔証拠略〕を総合すると、被害者は生前、森林公園ゴルフ協会に勤務していた事実が認められるが、本件全証拠によつても一カ月の右給与額を確定することができないので、この請求部分は認容し難いが、ともかく、被害者が一カ月数万円の給与を得ていたことは否定し難いところと認められるので、この点は、後記慰藉料の算定につき斟酌することとする(甲第一号証は被害者の昭和四三年度源泉徴収票であり、これによると、被害者の同年度分の給与所得は五二万三〇九五円であることが認められるとはいえ、被害者の死亡日時は、昭和四三年七月一二日であること、右金額は給料、賞与の合算額である事実を総合すると、被害者の本件事故当時の一カ月の給与額は、右甲第一号証のみでは確定し難いのであり他にこの点の証拠はない)。
次に、〔証拠略〕によると、被害者は当時、地方公務員共済組合法による年金三六万〇八四四円の支給を受けていたところ、同人は当時満六〇才五カ月余であつたが、当時健康の男子であつたことが認められるので、同人は、経験則上なお一五年間の平均余命があつたものと推認できる。そして、被害者の家庭生活環境、その他を考慮して同人の年間生活費を右年金額の五割としてこれを控除して、右事故当時における年金の現在価額を求めると、金一九八万円となる。そして、被害者の前記過失を斟酌してこれを金八〇万円に減額すべきところ原告が被害者の養子であることは当事者間に争がないから、原告は相続によりこれを承継取得したものというべきである。
二、葬儀費
〔証拠略〕を総合し、原告主張の葬儀費二四万五三六八円を相当な損害と認めるが、被害者の前記過失を斟酌してこれを金一〇万円に減額する。
したがつて、原告の財産的損害は合計金九〇万円となる。
三、慰藉料
本件事故の態様、当事者双方の過失の程度、前記一前段の点、その他諸般の事情を斟酌すると、原告が相続した被害者の慰藉料は金五〇万円、原告の固有の慰藉料は金一〇〇万円(原告の主張額に拘束されない)合計金一五〇万円とするのが相当である。
したがつて、原告の損害は合計金二四〇万円となるが、原告が自賠責金三〇〇万円の支払を受けたことは当事者間に争がないので、原告の右損害は、すでに填補されているものというべきである。
第四、結論
よつて、原告の請求は失当として棄却すべく、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 可知鴻平)